もぞもぞもぞもぞ…ひょっこり。 「…こ、こは…、」
赤のゴージャスなカーテン。
時を刻む事のない柱時計。
本棚に収まりきらない乱雑に置かれた本。
無造作に飾られた視線の合う事のない絵画たち。
戸棚に仕舞われたティーカップ。
クラウン微笑むマスカレード。
世界中から集めたような骨董品の数々。
「…どこ?」 とてもとても不思議な空間。まるでここが閉ざされた一つの世界の様。 シンッ―と辺りが静寂に包まれた中、少女が立ち上がり辺りを見回す。床が古いのか、ギシリッと音を一つ立てる。そしてまた、ギシリ、ギシリと二つの音。
「あれー?」
聞き覚えのない声に少女が振り向く。
「泥棒さん?」
「ひっ!」 影が覆った黒い顔が近づき思わず尻餅をつく。見上げたことで、余計その顔色は伺えない。 「あら。見かけない子ね。」 黒い顔の後ろにもう一人の黒い顔。二つの見知らぬ顔に、見知らぬ場所で色々と整理が追い付かない少女はただただ力なく茫然とするだけ。
「戸締りはしてあったんだけどなぁ…。」 「それ以前の問題なのだけれどね。」 黒い影が二つ、少女の前で何か話しあう。
次第にカタカタと震えてきた少女に一つの影が手を伸ばす。 「?!」 きゅっと身を構える少女に、 「寒い?」 影になっていた二つの顔が明るく見える。
明るくみえた所で少女の警戒心は解かれることはなかった。 黒い影が晴れて見える二つの顔。その頭からはそれぞれ人間には決して生える事のないツノが生えていた。
「怖くなんてないわ。襲ったりしないから立ってごらんなさい。」 「手伝ってあげるー。」
背中を支えられ少女は立ち上がる。先程とは違って、足に力が入るぐらいまでにはなったようだ。 「よくできました。…さてと、じゃあいくつか質問させてもらうわね?」 少女の前に立つピンク髪の女性が口を開く。凛とした顔立ちに赤い目をしていていかにもしっかりとしていそうな印象を受けた。 「…、その前に自己紹介をしないとね。私はそこにいる後輩ちゃんの先輩よ。」 「先輩ちゃんは私の先輩ちゃんなんだよー。あ、私は後輩ね?」 緑髪の女性が少女の背後から顔を覗きこみながら話しかけた。しかし彼女自身は目を閉じていて何を考えているのかよく分からない感じがする。 「ここは私たちご主人様の…お客様が忘れたものを保管しているお部屋なんだ。」 「お掃除にしましょうかと来たのだけれど、貴女がいたって訳。さぁ、今度は貴方の番ね。」 「あなたはだあれ?ご主人様のお客様?」 「わ、私は、」 マスクの下で唇を震わせながら少女が口開く。 「わからない…の。」 「分からない?」 「私が、その、お姉さんたちのご主人様…?のお部屋になんでいるのかも、なんでここに来たのかも。…私の…、私の名前すら分からない…。」 涙を含んだような震える声で少女が紡ぎだす言葉にメイドたちは顔を見合わせる。
「ねぇ…先輩ちゃん。」
「…そうね、後輩ちゃん。」 頷き、何かを決めたようなメイドたち。しかし少女にはそんな二人は見えていなかった。これからどうなる?知らない場所、知らない二人、自分すら自分自身を知らないというこの状況に混乱を隠せないようだ。 「私、どうすればいいの…。」 宙を彷徨っていた少女の手をきゅっと白い手袋が掴む。
「大丈夫よ。」 心地の良い温度に包まれた手をじっくりと見た後、俯いていた少女は顔を上げる。 「分からないのなら、帰る場所が分からないのならここにいればいいのよ。」 「え、」 「お部屋はいっぱいあるよ?ご主人様にはちゃんと言ってあげるから。」 「で、でも、」 少女がまだ困惑している中、二人のメイドは引き下がる気はないようで少女に詰め寄る。 「大丈夫。ここに貴女を怖がらせるような悪い大人はいないわ。」 「私たちがあなたをちゃんと守ってあげるから大丈夫。」 その時、何もかも忘れていた少女は思い出した。
大丈夫という言葉はあまり好きではなかった、と。大丈夫と見繕って本当は全然大丈夫なんかじゃなくて。
でも、この人たちのその大丈夫という言葉は何故か、本当にそう思えるような感じがして、少女はもう一度だけその言葉を信じてみたくなった。 「…本当に?」 「うん。」 「信じてもいい?」 「信じてちょうだい。」 きゅっと二つの温度に挟まれた少女は答える代わりに手を握り返した。
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