ここに来てからというもの、一体どれほどの時間が経ったのだろうと少女が疑問に思う。
数時間の出来事の様でもあれば数日、いや下手したら数か月に及ぶ出来事なのではないだろうか。
白く長く続く廊下をぺたぺたと歩きながらふと思う。おぼろげな廊下はまるで自分の記憶のようだと少女は一つの扉の前に足を止めた。
「ここって…。」
金色のドアノブをがちゃりと回し、部屋へとその身を滑り込ませる。
「やっぱりここだ。」
初めて自身がこの屋敷に迷い込んだその部屋。前回訪れた時よりいささか埃っぽいその場所。
パタパタと手で仰ぎながら進むとこつんと脚に何かが当り、どさっと音を立ててそれは崩れ落ちた。
「いけない!」
慌ててそれらを拾い上げる。少し埃をかぶったそれらは随分と分厚い背表紙に包まれた本だった。
「仕舞わないと…。」
「大丈夫?すごい音がしたけれど。」
「あ…。」
拾おうとしていた本に白い手が重なる。顔を上げた少女の目の前で、先輩も腰を下ろしながら本を拾い上げていた。
「いつの間に…?」
「さぁ…いつからだったかしら。それより怪我は?」
「ない…よ。」
「そう。なら良かったわ。」
にっこりほほ笑んだ先輩が本棚へと本を収める。その後ろで本を抱えた少女も一緒に本棚へと収納していったのだが、
「まぁ。もう収まりきらないわね。」
「…こんなに本があったんだ。」
「まだまだあるよー?」
「あ、後輩ちゃん。」
やっほーと手を振りながら物陰から後輩が顔を覗かせた。後輩の腕の中も本で埋まっていた。
「…なんか前回、入った時より増えている気がする。」
「そうねぇ…。ご主人様のお客様の忘れ物は日に日に増えていくわね。」
「そんなに?」
「うん。忘れものだけどね、時間が経ったり、思い出していったりした分だけ物は増えていくよ。」
「?」
後輩の発言に首を傾げる少女。時間がただ経っていくのであれば、物がそのままなら分からなくもないが、増えていくとは一体。そして、何を思い出したら増えていくのだろうか。
そもそも、だ。そんなにこの屋敷は人の出入りが多かったのだろうか。少なからず、少女がここで過ごしている間は、一人たりとも見かけたりはしなかった。彼女達がいう、この屋敷のご主人様でさえ。
「…。」
少女がじっと手に持っている本を見つめる。金色の文字でただLifetimeと書かれたそれ。何の変哲もないただの本のはずなのに、少し手放すのが惜しく思うほどだった。
「…、xx年、○○家に長女が生まれる。」
「え?」
突然、先輩が何かを話しだしたかと思えば、一冊の本を開いて読み始めたらしい。
「待望の女の子が生まれた事により、屋敷では皆が喜び女の子に愛情を注いだ。沢山の愛情を受けた女の子はすくすくと育った。少女は沢山の贈り物をもらった。フリルがついた綺麗な服。少女を彩るためのコスメ。少女の為に作られた小さな庭。皆からたくさんの愛情と贈り物をもらった少女は心優しい愛らしい少女となった。」
「屋敷が幸せに包まれたある日、悲劇が起こった。」
先輩が語り終え、パタンと本を閉じると、今度は後輩が手にしていた本を読み始めた。それを少女は黙って耳を傾けた。
「突如、謎の高熱に襲われた少女は倒れたその日からベッドの上で過ごし始めた。彼女の両親が屋敷の住人たちが少女をただただ心配をして少女の部屋に通い続けた。しかし、彼女の熱は下がることなく、何日も何日もベッドの上で過ごした。」
そこまで読み終えると、顔をあげた後輩が続きはもう一冊のと少女に答える。
少女は、後輩が持っていたもう一冊の本をゆっくりと彼女の腕の中から抜き取った。
訝しげに本をじっと見つめる少女は、その本を開こうか悩んだ。しかし何故か、その本を開こうとすると体中から血の気が下がっていくような感覚に包まれ、どうにも開く気にはなれなかった。
「その本の続きはないのよ。」
ふと先輩が少女に声をかける。
「…ないんだ。」
「正確に言えば、まだ、ないかしらね。」
「いつかきっと話の続きが分かると思うよ。今日はここまでにしよう?」
ね?と後輩が首を傾げ少女から本を受け取ろうと手を伸ばす。
抱えていた本をじっくりと見つめた少女はこくりと頷いて二人に返した。
少女がこの本の続きを知るのにはまだ早かった。が、知る未来はきっと近い。
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