光の差し込むドアの前で少女が佇む。手を光に向かってかざすと少し向こう側が透けて見えるのは気のせいなのだろうか。
「…。」
ふるりと震えた少女が俯く。これから起こるであろう事に頭を悩ませる。
すると、ぽんと肩に二人の手。暖かい手に少女が左右へと顔を向けると、そこにはメイド二人が立っていた。
「二人共…。わ、私、」
少女が口を開こうとすると、後輩がしぃと口に指を当てる。
「ダメだよぺスマスちゃん。」
「え、」
「そんな浮かない顔をしちゃ駄目よってことよ。」
その横で先輩も同じような仕草をして首を傾げた。
「せっかく元の、ペスマスちゃんがいるべき場所に帰れるのよ?そんなに浮かない顔をしちゃ駄目じゃない。」
「…。」
少女が思っていたこと。
この先の扉を潜れば、少女は元いた、本来、いるべき場所に帰れる。何故今になって?とは考えた。そして何故急に…とも。
この屋敷に迷い込んだ数日間の出来事で少なからず少女はメイドたちに心開き始めたというのに、もう別れの時間になってしまったのかと。
まだ自分というもの分かっていないのに、この扉を潜れば本当に元板場所に帰れるのかと。
様々な思いが少女の中で渦巻き、古の不安感に駆られる。
思い俯くそんな少女を知ってか二人のメイドは顔を見合わせてぽんと手を叩いた。
「そうだ。ペスマスちゃんにお土産を渡さないと。せっかく来てくれたんだもん。」
そう言って、自分の首に付けていたチョーカーに手を伸ばした後輩。それを外すと少女の首へとつけ始める。
「チョーカーについている神さまがきっとペスマスちゃんを守ってくれるよ。」
「神さまが?」
「うん。聖母マリア様からの贈り物をペスマスちゃんが受け取って。」
着け終え際に少女の頬を一撫でした後輩。
そしてその横で先輩も自身の髪を括っていた白のリボンを解き始める。しゅるしゅると解いたリボンを先輩は少女の手首へと巻いていく。
「白は何色にも染まっていない色。貴女と同じ、とても清らかで純粋な色。」
「何色にも染まらない…?」
「貴女らしい色できっとこの先、染まっていくのを願いながら。」
きゅっと手首に白いリボンを巻き終えた先輩が少女の頭を撫でる。
首に、手首に二人からの贈り物を身に着けた少女は軽くそれに触れた。
「きっとこの先、何があってもそれが貴女を守ってくれるわ。」
「ちゃんとペスマスちゃんが帰れるように見守っててあげるね。」
「…二人が?」
「「勿論。」」
声を揃えて少女を鼓舞する二人だが、少女はやはり乗り気ではなかった。思い出が、少女の思考を邪魔するのだ。
帰れるのか不安だった自分が、帰りたくないと思っている自分になっていると。
「ねぇ、ペスマスちゃん。これが永遠の別れって訳じゃないのよ?」
「でも…だって…、」
「私たちはここからいなくならないよ。来られる方法は限られているけど、きっとまた会える。」
「何年も、何十年も、何百年も、生きとし生けるものは巡り合えるものなのよ。」
「ペスマスちゃんがペスマスちゃんでいられるように、」
「貴女らしい生き方を生きられるように、」
「ここでずっと見守っててあげる。」
「だから、」
「「またね。」」
さようならは言わないよ。
だってきっとまた会えると信じて。
二人がそう教えてくれたのなら、
「行ってきます。」
「「いってらっしゃい。」」
白い光の中へ身を投じた少女の後ろ姿をメイドたちはただじっと見つめていた。
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