「…ここ。」 ぱちりと目が覚める。まるで長い間、眠っていたかのような感覚に包まれる。
しかし、長い間、眠っていた時とは違うのはとても身体が軽く清々しい気持ち、だということ。
「…。」 少女はただぱちりと瞬きをし、空を見上げた。何の変哲もないただの空。少女の目にはそれが大きく広がっていた。
ゆっくりとした動作で自身の身を起すと周りには色とりどりの花が咲き誇っていた。 「まぁ、綺麗なお花。まるで…、」
はて、と少女がふと止まる。自分はいま何を思い出そうとしたのだろうか。
このような綺麗な花をつい最近…、そう、誰かと一緒に見たような気がしたのだが。 「お父様とお母様と一緒に見たものかしら。それとも使用人の皆と?」 家族や屋敷の使用人とみた風景を思い出したものの、少女が思った景色とはどれも違う物だった。少女がつい最近みた花の景色はとても幻想的で、隣には…、隣にはそう、誰かが一緒に…。
「…帰らなきゃ。お父様たちが心配しちゃう。」
心にぽっかりと何かが空いた気がしてならない少女は不安感に駆られる。
さぁ早く、ここから去って家に戻ろう。そうすればきっとこの開いてしまった何かもきっと。 少女が立ち上がろうと、身に力を入れた瞬間、視界の端に黒い影が差しこんだ。 「だあれ?」
少女の隣にはいつの間にか誰かが立っていた。
先程まで花に囲まれていたはずなのに、その人の周りには先ほどまでの花はなく、ただ地面が広がっていた。 「私の愛しい子よ。」 「いとしい…こ。」
少女の耳に届いた声は酷く落ち着いた声だった。 「随分と長い間目が覚めなかったが、冒険は楽しめたかな。」 「…たの…しい…。うん、楽しかったよ。」
決して聞いたことのないはずの声。
会った覚えがないはずの者なのに、何故か少女は黒い影の問いかけに答えていく。 「そうか。…無事に戻ってこれた様で安心したよ。」
隣に立っていた物が少女に近づき方膝をつく。そして少女にすっと手を差し伸べた。 「さぁ、私と一緒に還ろう。」 「かえる…、どこに?」 「君が還るべき場所へ。君が生まれた場所へ。」
「…かえらなきゃ…?」
「そう。私と一緒に、」 さぁと伸ばされた手に、少女がそっと手を乗せた。
「私の元へおかえり。愛しい子よ。」
「…逝っちゃったね。」 「逝っちゃったわね。」 少女が消えた扉の前でメイドが二人静かに呟いた。 「ちゃんとご主人様の所に還れたかな?」 「還れたわよ。だってちゃんとお守りを持たせたものの。」 「そっかー…。」
手持無沙汰になった後輩がいじいじと先輩の髪の毛を弄りだす。 「…寂しいけどしょうがないわ。ご主人様の所に還ったらここで過ごした記憶は失われる。本来、生きている人間は来れない筈の場所だもの。」 「うん…。」 「さぁ、もう少しでご主人様も帰って来るわ。そんな顔でお迎えしちゃだめよ?」 こつんと後輩の額に自身の額をつける先輩。寂しそうな表情をしていた後輩は静かにそれを受け入れ、先輩の髪の毛から手を離した。
「来世でのペスマスちゃん…あの子に我らの主人の加護がありますように。」
「あの子の人生に、祝福が、我らの主人の祝福を受けられます様に。」
___Amen…___
Comments